エッセイ みどりの丘 〜くらしに「ありがとう」〜

施設長 大塚美智子が綴ります

特別なお話

特別養護老人ホームは、なぜ『特別』って言われるのだろう?
特別とは、一般と異なっているさまを言うらしい

特別に大変? 
特別に困っている?
特別な事情を抱えている?
いい意味には聞こえないのは気のせいでしょうか

施設の中は良い話、素敵な出会い、微笑ましいエピソードに溢れている

今回はみどりの丘の特別なお話をしてみたいと思います。

特別な旅立ち

vol.01

施設の最高齢の先生が105歳で旅立たれた

ふるさと信濃で教鞭をとられていた
息子様は18歳で家を出られ、その後は別々の生活をされてきた
一人暮らしを心配した息子様は信濃から川崎に呼びよせ
みどりの丘に入居された
先生の言うことはいつも筋が通っていた
自分のことは自分で
手を差し伸べると手を振り払った
スタッフは少し離れたところから見守るしかなかった
105歳になっても歩くこと、トイレに行くことにこだわりつづけた

「ずっと離れて暮らしていたからお袋のことはよくわからなかった
みどりの丘に入ってから親子関係を持てて本当にラッキーでした」

先生が最期に口にされたのは息子様からの差し入れの鰻だった。

特別な花

vol.02


3月に入ると桜の開花が待ち遠しくなる
日本人はお正月と同じくらい節目と感じている
  
今年の開花予想は3月20日ころ
例年より早めだ
3月に入ると4Fテラスでピンク色の花が満開になった
桜のようで桜ではない
時期も早い
その愛らしい姿に毎日のように見物客が来る
やがてその花は「佐藤錦」であることがわかった
サクランボを目にすることはない
鳥がたべてしまうらしい

桜そっくりの可憐な佐藤錦の花は
桜のようで桜ではない
一足早いお花見に
見た人は幸せな気持ちになれた。

特別な面会

vol.03

「母はもう忘れてしまったのでしょうか・・」
戸惑う家族様は多い
「会いに行こう!」と来て下さるご家族様
「あなたは誰?」から始まる入居者様
温度差があるのは当然だ
年を重ねると物忘れはある
病名がついていても、いなくても

名前を覚えていることは重要ですか
お父様やお母様は大切な人の存在はおわかりですよ
誰よりも心配してくれている人
かけがえのない人
やっと、会えたね

笑顔が答えだ

特別な誕生日会

vol.04

毎月、誕生日会が開かれる
お決まりのケーキで祝う
少し贅沢をしたい
目指すはホテルのデザートバイキング
ミニケーキやドーナツ、カラフルなゼリーやムースが並ぶ
銀の大皿に乗せ、ワゴンで運ぶ
ご自身で選んで頂く

あれがいい、これがいいと視線が集まる
人気のある物からなくなる
狙っていたケーキがGETできるかどうか
ちょっとドキドキする

♪ ハッピーバースデー トゥーユー ♪♪
みどりの丘の誕生日会は
ホテルのように祝う

特別な髪型

vol.05

男性は丸刈りまたはスポーツ刈り
女性は襟足と横を刈り上げるベリーショート
職員が手入れしやすいように、洗いやすいように
みんな同じ髪型
髪型が同じだからみんな同じ顔に見える
これを「特養カット」と呼ぶ

時代は変わった
今やパーマもヘアダイのオーダーも珍しくない
好きなように、思うように、おしゃれに
紫に染めている方もいらっしゃる

特養カット・・・そんな言葉は、今はない
そんな特別な髪型、必要ない

特別なご褒美

vol.06

開設より取り組んできたSDGs活動
その中でおむつを新聞で包む取り組みが脱炭素活動として
認められた
『環境大臣賞』と『オーディエンス賞』のダブル受賞の快挙だ
オーディエンス賞の協賛がマクドナルド
副賞はハンバーガー1年分
なんと365枚の無料券が届いた

入居者様、スタッフ、ボランティアさん、地域で新聞を届けてくれる人
みんなに配った
みんなでハッピースマイルになりたくて配った

人は褒められると嬉しい
いくつになっても嬉しい
人は美味しいものを食べると幸せだ
誰でも幸せだ
特別なご褒美はやっぱり特別だった

特別な会話

vol.07

入居された頃は歩行器で歩いていた
認知症は怒りを伴った
同居されていたご家族は介護の限界を感じた

入居から7年が経過、出来ないことが増えていく
歩けなくなり車椅子となった
会話もままならなくなった
感情を出すことはもうなくなっていた
徐々に食事量も減ってきた
この先どうしますか?
長男様は施設での看取りを選んだ

看取りになると差し入れの制限がなくなる
ご家族様から届けられたのは
グラタン、ビーフシチュー、スパイスの効いたカレー、ポトフ

かつてはご自慢の手料理でお客様をもてなしていたと伺った
「母が作った料理を思い出して作ってみました」
と息子様の手作りが届けられた
お預かりしたお料理は食べやすいように
時にはつぶしたり、ハンドミキサーにかけたり

差しれがある日は食が進んだ
特にスパイス効いたカレーはすべて平らげた

言葉はお忘れだったが
息子様は料理を作り
お母様は食べることで
会話は成立していた

冬を伝えるおでんが届いた
味がしみ込んだ大根が美味しいそう
モグモグと動かす口元
お母様と息子様だけの特別な会話がつづく

特別な夜

vol.08

高齢者が夜眠れないのはよくあること
朝までひと眠りはない
眠りは浅く
気になるのはトイレ
失敗するなら
とりあえずトイレに行こう

一度起きてしまえば今度は眠れなくなる
隣からは寝息が聞こえてくる
眠れないは自分だけなのか

夜は不安がつきもの
ナースコールが頻回に鳴る
「どうされましたか?」
「何でもありません」
そんなやり取りがつづく

そんな時に頼りになるのはスタッフ
朝まで一緒にリビングで過ごすこともある
忙しい夜はスタッフに同行する
コール対応も一緒に
お手伝いのつもりでも
スタッフは大変そう

やがて特別な夜は朝を迎える
少し眠い

特別な夏

vol.09

この数年の夏は特別に暑い
亜熱帯地方と思えるほど
高温と豪雨に見舞われる
地球温暖化の影響か
暑い夏をどう乗り切るか?
食欲も落ちる
考えられたのはカレー
週1回はカレーで勝負

野菜カレー、シーフードカレー、キーマカレー、キノコカレー
手を変え、品を変えて

カレーのせいかどうかはわからないが
無事、秋を迎えることができた

特別な3年間だった

vol.10

始まりはクルーズ船「ダイヤモンド プリンセス号」での集団発生
この船の感染者は712人にものぼり、まるで映画の世界

感染力が強く、多くのことが制限された
子供たちは入学式、運動会、修学旅行などの行事
仕事は在宅勤務になり、人々は外出を控えた
とりわけ医療と介護にとっては過酷な日々がつづいた

しかし私たちが得たものもあった
食事をしたり、お風呂に入り、体操をしたり
入居者様の変わらない日常が・・・
「ありがとね」「良かったわね」と何気ない会話と
入居者様の変わらない笑顔が・・・
私たちの救いであり、支えであった
                   
夢と希望を与えて下さった入居者様に
心より感謝したい

施設長  大塚
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