99歳のひとり言だ
vol.01
最初の出会いは奥様のご入居だった。
奥様は先に逝かれ自身の入居となり5年の月日が流れた。
「僕はね、小さい頃は体が弱くてね・・・」が口ぐせ
しかし来月には99歳の誕生日を迎える。
「いろいろお世話になりました。後少しでお迎えに来ますから」
年の始めにはお終いを意識されたご挨拶があった。
「僕はね、昨日から腰が痛くてね」
と話しかけられ理由を伺うと
電気アイロンをかけていたと話される。
「男やもめがねー」と笑う。
ご立派です。
奥様もそう思われていますよ、きっと。
真っ赤な靴とセーターがよくお似合い
vol.02
真っ赤な靴と真っ赤なセーター
とてもお似合いで、とてもおしゃれ
特養に入所されているとは思えないコーディネート
自宅に持ち帰りおしゃれ着の洗濯をして下さる
ご家族様のサポートがあってのこと
介護保険サービスに洗濯も含まれていますと説明すると
「本当ですか?」とみなさん喜んで下さる
施設の大型洗濯機はスイッチを入れると乾燥までノンストップ
ユニクロ系の洗濯はお手の物
おしゃれ着の洗濯は苦手
入居してからも家にいるようなおしゃれがしたい
女性にはいつまでも綺麗でいてほしい
古稀のお祝いに蘭を贈る
vol.03
古稀のお祝いに2本立ての蘭と花束を贈りたい
お手伝いをしてほしいと相談があった
送り主は101歳の母
送られる人は古稀の娘
内緒で準備が進む
誕生日のその日
面会にいらした娘に花を贈る母の姿があった
いくつになっても子を案ずる母
いくつになっても母の前では娘に戻る子
互いに思いやる母と娘
蘭の花は、特別な日に
特別な人に贈る花である
コロナと看取り
vol.04
看取りを希望されるご家族様が多くなってきた
最期をどこで どう迎えますか
丁寧な話し合いを重ね お気持ちをお聞きする
コロナになってご家族様のお気持ちに変化が見え始めた
入院すると面会ができなくなるなら施設でと
その時が近づくと
食事も水分も体が求めなくなる
家族の気持ちが揺れる
食事を食べてほしい
水を飲まないと死んでしまう
もっと生きていてほしい
入口を間違っていませんか?
迷子になっていませんか?
立ち止まることも
引き返すことも
変更することも
間違いではないことを伝え
最期をどこで どう迎えますか
もう一度お聞きする
ねえ聞いて・・・
vol.05
「ねえ聞いて私、いいことがあったの」
満面の笑顔で話しかけられた
「何かありましたか?」とお尋ねすると
「私ね ここにずっと居てもいいって言われたの
だからお迎えに来ても帰らないからと言ってね」
「わかりました。お迎えの方にお伝えしますね」
ご家族はどなたもいらっしゃらない
お迎えに来ることはない
入居前に借りていた家は解約し
家はもうない
住む家はみどりの丘になり
家族の様に心配するスタッフがいる
「ねえ聞いて・・・」
「何かありましたか?」
丘の上の売店はバブルだ
vol.06
コロナ禍で楽しみはことごとく奪われていった
みんなで集まって楽しむことが出来ない
訪れる人もいない
じゃあどうする、入居者様は考える
丘の上の売店に行こう
お菓子やふりかけ、塗り絵が並ぶ
外出制限の今 行けるのは売店くらい
好きなおやつを買うのはそれなりに楽しい
かくして丘の上の小さな売店は
ちょっとしたバブル状態
品薄状態の日がつづく
思わぬバブルにウハウハしたかどうかは・・・知らない
一の肥やしは主の足音
vol.07
朝のラウンドは恒例となっている
「おはようございます」
入居者様にお声をかける
いつも通りでいらっしゃるかしら
朝食後でうたた寝されている方は多い
深い眠りについている方は
昨夜はよく眠れなかったのかしら
うつらうつらの方は
満腹が眠りを誘っているのかしら
昨日と今日・・・何かお変わりがないかしら
お話しが弾むこともある
テレビのニュースや新聞など
事情通の方もいらっしゃる
私たちの知らない世の中の情勢を教えて下さる
「一の肥やしは主の足音」
この言葉も教えて頂いた
習慣として行っていたラウンドに意味があることを
初めて知る
人生の先輩の教えに
また一つ 視野が広がる
お別れはモスバーガーを食べながら
vol.08
食事が摂れなくなり静養室へ移った
ご家族の出入りも多くなる
「ご自宅と同じようになさって下さい」とお伝えするも
気持ちが、感情が追いついていない
今、起きていること
これから、起きることを受け入れる覚悟が必要
覚悟ができると不思議なことに
施設は自宅になり
面会ではなく
自宅に戻ってきた母の最期を看取る子になる
「こんなにお袋の足を擦ったことなんてなかったよ」
会話ができなくなると手や足を摩りながら
母の今を確かめる
「お変わりありませんか?」
お部屋を訪ねるとお口をもぐもぐされていらっしゃる
昼食にモスバーガーを買って来たとのこと
人の話し声
ハンバーガーとコーヒーの匂い
ラジカセから流れる音楽
そこには自宅の日常があった
施設ではない時が流れる
うなぎが食べたい
vol.09
「いや~ 美味しいね」
すっかり食欲が失せ うつらうつらと居眠りが目立つ
あんなに歩くことにこだわった足は
おぼつかなくなり
椅子から立ち上がることさえためらう
好きな物を食べて頂きたいと
差し入れは何がいいですか?
とお聞きしてみると「うなぎ」とお答えになる
長男様が持参されたうなぎをレンジで温めてお出しすると
「いや~ 美味しいね」と目を丸くされた
あっと言う間の完食
見事な食べっぷりに、他の入居者様の視線が集まる
また差しれをお願いしなくてはね
先生は今年103歳になられた
ー心から笑える明日が来るまでー 施設長:大塚からみなさまへ
この一年 心から笑える日があっただろうか
新型コロナウィルスとの戦いが
全世界を巻き込み
これほど長期戦で
これほど厳しいものになるとは
高齢者はハイリスク
施設はクラスター
毎日繰り返される報道に
いつの間にかテレビは楽しみではなくなった
明けない夜はない
朝が来れば着替え、トイレ、食事、歯磨き、入浴・・・
止めようのない日々の暮らしがある
それが救いだ
小さなことに救われながら
明日を待とう
心から笑える明日が来るまで