エッセイ みどりの丘 〜くらしに「ありがとう」〜

施設長 大塚美智子が綴ります

昔だって

vol.01

コロナウィルスで世間が翻弄される中
面会がなくなり、理美容やパン屋さんも来なくなった
もちろんクラブ、イベントも中止
つまらないのではないか?と声をかけると
「何コロナ、コロナと騒いでいるの?昔だって同じだった」
戦後まもなくの赤痢発生のことだろうか・・・
「みんな死んだ、あっちでも、こっちでも
田舎の親せきは、近づくとうつるからと
差別されてね、全くひどい話さ」
「でもさ いつかは大丈夫になるさ」
「じっと我慢していればね」
先人のおっしゃることは ごもっともだ

専門家会議、医療従事者、積極的疫学調査などなど報道が溢れる
しかし、先人のおっしゃる言葉は
ずっと説得力がある
いろいろな経験して、苦労して、今がある

一人じゃない

vol.02

2020年、東京ではオリンピックが開かれ
私たちは日本流の「おもてなし」で外国人を笑顔で受け入れ
気がかりなのは暑すぎる夏の気温だけ
のはずだった・・・
みどりの丘では開設10周年を迎え
これまでの苦労が次なるステージ20周年への
ステップアップにと、新たなスタートを切る
はずだった・・・

まさかこんな日が来るなんて
いきなり映画の世界へ引き込まれていく
介護にサスペンスやパニックは似合わない
準備も覚悟もできていない

ダイヤモンドプリンセス号で起きたことは
もはや他人事ではない
受け入れたくない現実と
先行きがみえない不安
物資が不足しているとご家族様にSOSを出すと
次から次へと声がかかる
面会が出来ないことを承知で届けて下さる
宅急便やゆうパックが毎日のように届く
困っているはずのマスクが
口が開いたディスポが
かき集めたレインコートやシャワーキャップ
あわてて家の中を捜してくれたにちがいなく
それがかえってありがたい、心にしみる
励ましやエール、感謝の言葉
「頑張れー」が背中を押す
一人じゃなかった

100歳の誕生日にネックレスとイヤリングを

vol.03

もともとは関西にお住まいだったが
故郷を離れる決心をされたのは
遠く離れた娘様と思うように会えないためだった

みどりの丘に転居され、娘様とは会えるようなったが
お出汁が効いた関西風の薄味を食べた舌は
真っ黒な醤油味は受け入れ難かった
差し入れにも制限があり
不満は食事に集中した

美味しい・・・の言葉を聞きたくて
賞味期限が書かれているおにぎりや果物をコンビニで買い
娘様は差し入れを工夫した
スタッフもレクリエーションでお好み焼きを作った
そして何より、月日が過ぎた

お誕生日を迎える日がきた
「家からネックレスとイヤリングを持ってきてほしい」
この日のためにおしゃれに気を遣う100歳
色白の素肌に真珠がよく似合う
とても素敵で、とても綺麗

真っ黒な醤油を好きにはなる日は来ないが
この地に来たことを良かったと思って頂きたくて
みんなで唄おう 心をこめて お祝いの歌を

♪ ハッピーバースデー トゥ―ユー ♪♪

いつまでも お元気で

神様、仏様、平清盛様にお願いして

vol.04

心より望んでの入居もある
手術をされる長女様のご病気を
ご存知かは定かではないが
「入居が出来るように平清盛様にお願いをしました」
と手を合わせ、頭を下げる
「夕べはみんなで一緒に寝ました」
送り出すご家族様のほうがつらそうな顔をされる
仕事や育児、闘病など家族が抱える問題を
知らない振りをされているだけかもしれない

家族に迷惑をかけたくないから
望んで、祈ってのご入居
入居が神様からのご利益であるためには
寄り添い、温かな介護をしていかねばならない

平清盛様からの宿題をありがたく頂いた

そんな歳じゃあないよ

vol.05

89歳のお誕生日の日、お孫さんが書いた色紙を持ち
娘さんが面会にいらっしゃった
色紙には大きな字で「89歳」と書かれている
「おい おい だれが89歳?
 俺は そんな歳じゃあないよ」と不満顔
ご本人の中の時計はとっくに止まっている
納得ができない顔だがニコニコ笑っている
時が止まった分、血色が良くツヤツヤのお肌
ハンサムのお顔立ちはずっと若く見える

おい おい 89歳なんて誰が間違えた?

合図はボレロで

vol.06

思い出を聞かせて頂くことはよくある
先に逝かれたご主人様を思う気持ちは変わらない
お二人で通う銭湯が何よりの楽しみだったという
仲良く手をつなぐ姿が想像できる
「合図はボレロで」と番台で別れる

湯舟に気持ちよく浸かっていると
♪―♪♪♪―♪♪♪♪―
聞きなれた旋律が流れる
「あっ 急いで出なくては」
とあわてて外へ
そこには知らない男性が
♪―♪♪♪―♪♪♪♪―
口すさんでいたのはボレロだった 
繰り返される旋律を好きな人は多い

赤い花

vol.07

90歳を過ぎての白内障の手術をご家族様は反対されていたが
ご本人は、日帰り手術の新聞広告をみて一人で決めてしまった
願いは一つ、入居してから始めた絵のためだった
明るくなった目で見た花を描きたいと

「全然 景色が違うよ。」
と手術後、しばらく経つと事務所に報告にきた
絵を描くことがさらに楽しくなったと話される

キャンパスに書かれたのは

色鮮やかな真っ赤な花だった

タブレット面会

vol.08

家族の面会が中止になって早2か月
タブレットを使っての面会が始まった
「ピンポン ピンポン」画面に家族のお顔が写る
「私よ、わかる?元気?」
ご家族からは矢次早に質問が飛ぶ
「あんた誰?」
「どこにいるの?」
事情がのみ込めない入居者様は戸惑う
コロナ騒ぎ、アナログ世代の人間には
ついていけないことも多い

まだテレビが普及したばかりの頃
テレビの前で正座する人がいたそうな
テレビの中に人が入っていると探す人もいたそうな

「ピンポン、ピンポン」画面は消えた
四角い画面を不思議そうにのぞき込む

うちの女房には手を出さないでよ

vol.09

ご夫婦で仲良く生活されてきたが
介護者のご主人の体調が思わしくなく
共倒れを心配しての入居だった
二人でいれば話すことが山ほどあり
お互いを知り尽くした歳月はかけがえないもの
寂しさを埋めるための面会が重なった
ふと見れば同じフロアーにご自身の背格好とよく似た方がいる
「うちの女房には手を出さないでほしいな」
と思わず弱気になる

ご心配なく
相手の方にも奥様がいらっしゃいますよ

可愛らしくワンプレート盛り

vol.10

「自分の親だったら治療はしないと思います」
と総合病院の主治医は言った
90歳を超えての選択肢の一つとして
しかし積極的な治療をしなければ桜は見られない
年明け早々の宣言だった

家族が出した答えも主治医の先生と同じ
残された時間は好きなことを好きなように

もともと小食だったが さらに食べられない日がつづく
ほんの一口のために出される食事はほとんどが破棄される
スタッフが考えたのはワンプレート盛り

テーマはいかに可愛らしく盛り付けることだった
主食もおかずも小鉢も みんな一口ずつ
時にはお花や動物に見立て、キャラ弁風に
食事量より見た目の可愛らしさにこだわったため
ご本人もスタッフも ずっと気が楽になった
食べなくたっていい、そこに笑顔があれば

暖冬の影響もあり
桜の開花が思いのほか早かった
娘様に看取られ
静かな旅立ちだった

先生は102歳になった

vol.11

毎回この物語に登場して頂く先生は102歳になった
今も一人で歩く
食卓でうたた寝することが多くなった
「お腹いっぱい」と食事も残される
時々、胸をさする姿が気がかり
それでもなるべく人の手を借りずに
自分のことは自分でとこだわりる姿は今も変わらない

教会のシスターをされている教え子さんはもう来ない
すっかり足腰が弱くなり
電車を乗り継いでの面会は叶わなくなった
交流は葉書だけになった

長男からお嫁さんの訃報が伝わった
「母には伝えないでいこうと思う」と息子様は話される
年を重ねるほど失うものは多い
出来たことが、出来なくなることも多い

だからこそ
先生の笑顔を大切にしていきたい

ワンチームで

vol.12

チームはとても大切
スタッフは年齢も考え方や性格も違う
みんなが見ているのは入居者様
チームとしてまとまるのは当然
・・・それは理想
そんな綺麗ごとでは済まされない
誰だって言いたいことも、腑に落ちないこともある
でも同じ目標に向かっていくのがチーム

そんなの当たり前じゃあなくて
「ありがとう」と感謝の言葉を伝えよう
疲れたとため息が聞こえたら
「頑張ったね」とその努力を認めよう
もうだめだと頭を抱える人がいたら
「これからだよ。」と一緒に希望を語ろう

仲間を大切するところからチームは始まる

ー頑張ろうー  施設長:大塚からみなさまへ

鐘がなるみどりの丘は
10周年を迎えました
未来に向かって夢を語るはずだった
しかし 世の中はそれどころではない
想定外のスタートになった
お祝いの会さえ開けない
日本中が、世界中が
試練を乗り越えなければならない

新たなスタートは10年前と同じ
困難からの始まりになった

今日の無事に感謝しながら
心配のない明日が来るまで

頑張ろう

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